COLUMN

迷路に出口がないと認めるまで ー「悲しみに、こんにちは」

2018-07-26

 

人は大切な人を失った時、ひとはまるで心にぽっかりと穴が空いて、自分の一部がどこかに行ってしまったかのような感覚になります。

悲しみの受け入れ方は誰も教えてくれないし、身体中の水分がなくなるくらい泣いても、悲しみは去ってくれません。
反抗したり、無気力になったりを繰り返して、しばらく時間が経ったあと、やっとの事で受け入れられるものだと思います。

 

先日「悲しみに、こんにちは」という作品を観ました。
母親を病気で失った少女・フリダの物語で、彼女が静かに、ひたむきに、「喪失」と向き合う姿が描かれています。

悲しみに、こんにちは_フリダと妹
悲しみに、こんにちは_フリダ
生活の場が移っても、心はどこかに置いてきてしまったかのような表情をみせるフリダ。
深い傷を負っているはずなのに、序盤から全く涙を見せません。
しかし、ふとした時に見せる悲しげな瞳が、全てを物語っているように思いました。

悲しみの受け入れ方も、どうやって前を向けばいいのかもわからず、彼女はただ孤独の中でもがきます。
決してドラマチックな展開があるわけではありませんが、「出口のない迷路を彷徨う日々」が淡々と描かれているのが、この映画の魅力だと思います。

 

悲しみに、こんにちは_マルガリータ

そんなフリダを受け止め、向き合っていくのが、叔母のマルガリータ。
優しくするわけでもなく、哀れんで接するわけでもなく、ただ実の子と同じように扱っているのがとても印象的でした。
真摯に向き合う彼女の姿勢が、次第にフリダの固まっていた心を溶かし、母親が死んでしまったこと、そして母親を失った自身を認めていくのです。

悲しみに、こんにちは_フリダ2

悲しみに、こんにちは_フリダ3

 

 

 

悲しみを受け入れるまでの日々を描いた作品といえば、他にも忘れがたい作品があります。

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い
「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」(2012)

9.11のテロで父親を失ったオリバーが、遺された鍵と新聞の切り抜きをヒントに、鍵の持ち主を探すという物語です。
「もういいよ、やめていいんだよ」と言いたくなるくらい、オリバーは亡き父親に向き合い続けます。
悲しみを忘れかけたら、またえぐり返して自分を追い込む。
そして、何かに取り憑かれたかのように、鍵穴の持ち主を探し続けます。

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い_2

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い_3

 

また、「逃避」という道を選んだ少年の物語もあります。

天才スピヴェット_TS

「天才スピヴェット」(2013)では、双子の弟を亡くしたT.S.スピヴェットが描かれています。
自分よりも愛されていた弟がなぜ死んだのか。なぜ自分じゃなかったのか。
そう思い悩み、悲しみにくれる家族に別れを告げ、ワシントンDCへと旅立ちます。

天才スピヴェット_TS2

冒険と出会いを通じて、弟のこと、家族のことを見つめ直していきます。

 

ひとり静かに耐えて、もがき悩む。

失った物の代わりの「何か」を探す。

現実から逃げ出し、さまよう。

 

悲しみとの向き合い方に正解はなく、それは人それぞれですが、
この3つの作品を通して気づいたことは、悲しみは人とのふれあいを通して癒されることで、小さくしていくしかないという事です。そして、時間とともに少しずつ忘れて、心に空いた穴を塞いでいくしかないのです。

悲しみに、こんにちは_マルガリータとフリダ

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い5

大人でさえ向き合うことが辛いのにもかかわらず、立ち向かう子どもたちの姿には、目を奪われ、胸を打たれます。
「悲しみに、こんにちは」のラストシーンで、フリダがいきなり堰を切ったように泣き出すのですが、あれは彼女が現実を受け入れることのできた瞬間だったのだと思います。

悲しみにこんにちはが言えたなら、さよならできる日もきっと近いはず。
子どもたちの頼りなくもピンと張った背中が、前を向く力をくれました。

 

You Might Also Like