REVIEW

100エーカーの森は、永遠のこどもの記憶。ー「プーと大人になった僕」 

2018-10-02

はやく大人になりたい。
こどもの頃、よくそう願っていました。しかし大人になった今は、「こどもっていいな、戻りたいな」と思うことがよくあります。

イギリスでは、1830年代から始まったヴィクトリア時代に、子どもを崇めるような風潮がありました。子ども時代こそが人生最高の時期だと考え、大人たちは幼少期の輝きを求めました。その風潮から生まれた作品が「不思議の国のアリス」、ピーターパン」
それに続くかたちで、1920年代に「くまのプーさん」が刊行され、イギリスで愛されるようになりました。

プーと大人になった僕_フライヤー


先月公開された「プーと大人になった僕」は、「くまのプーさん」の世界と私たちの現実世界を融合させたファンタジー映画となっています。

 

「何もしないをする」は、こどもの特権

プーと大人になった僕_原作

「くまのプーさん」は、ディズニーアニメーションを中心に親しまれてきたと思いますが、原作はA.A.ミルンによる児童小説です。
はちみつを探しているうちに何をしているかわからなくなったり、「プースティック遊び」をしていたらイーヨーが流れてきたり…。特に意味のないことをするのが、この物語の特徴です。
作中でプーたちはこのことを「do Nothing (何もしないをする)」と呼んでいます。

プーと大人になった僕_プーとピグレット

このような特に意味をなさない物語が中心の作品はナンセンス文学(No sense)とも呼ばれます
このカテゴリーが生まれたのは、
ヴィクトリア時代。厳格な風潮だったため、こども向けの文学は教訓めいたものが多く、ナンセンス文学は児童文学に新しい風をもたらしたといえます。

原作の中でクリストファー・ロビンは「do Nothing」の事をこう定義づけています。

 

Pooh: どうやって何もしないをするの?

Christopher:「そうだね。ちょうど何かしに出かけようとしているときに誰かが、『これから何をするの、クリストファー・ロビン?』と声をかけてきて、『いや、何も。』って言って、それをしに行くみたいなかんじかな。」

 

つまり、【do Nothing=特に何も考えずにずにプラっと出歩いて、気ままにのんびりすること】であり、これは「くまのプーさん」全体に共通する世界観です。

映画の中にも出てくる「なんてことないエピソード」の数々は、原作のエピソードにもとづいています。

プーと大人になった僕_原画
たとえばある雪の日のお話。プーとピグレットが何気なく外を歩いていると「自分たち以外の足跡がある!」と声をあげます。「きっと恐ろしい動物の足跡だ!」と怯えるプーとピグレットですが、実はふたりの足跡でした。
同じところをもう一度歩いたばかりに、自分たちの足跡が2重になり、他に誰かがいるのだと勘違いしてしまったのです。

プーと大人になった僕_プースティック遊びプーと大人になった僕_流れてくるイーヨー

前述した「プースティック遊び」は、do Nothingの代表です。
橋の上から木の枝を落とし、橋の反対側に最初に流れてきた枝の持ち主が勝者。ゲームというより「運試し」に近いですし、「流れてきた枝が誰のものなのか」を判断するのも難しそう…。

なんとも間の抜けたエピソードで、特に実のある話ではありませんが、なぜか笑いがこぼれます。

これらはすべて、クリストファー・ロビンの私生活がもとになっていて、プーと仲間たちは、彼がよく遊んでいた人形をモデルにしています。100エーカーの森は、父であり原作者であるミルンが空想を交えて描いた、ミルン親子の記憶そのものなのです。

プーと大人になった僕_クリストファーとプー

 

「からっぽ」は、こころに余白をつくる。

人は成長していくにつれて、学校に通ったり、働いたり、意味のある事をやらなければならなくなります。
この映画では、忙しい現実に忙殺されるクリストファー・ロビンのもとに、プーが突然現れます。

プーと大人になった僕_クリストファーとプー2

再び100エーカーの森に足を踏み入れるクリストファー・ロビン。仲間たちと昔のように遊ぶことで、こども時代の自分と再会します。
大人の凝り固まった心を解きほぐす、仲間たちの力。「くまのプーさん」はまさに、大人のための物語なのだと思いました。

プーと大人になった僕_母娘

「彼も昔はこどもだったのよ。」
クリストファー・ロビンの妻がポツリと言っていたように、昔は誰もがこどもで、時の流れとともに大人に姿を変えてしまっただけです。こどものままでいることはできなくても、たまに「大人」を脱ぎ捨てることはできます。

子どもの頃のように「何にもしないをする時間」は本来の自分を取り戻す時間となり、新しい道を見つけることに繋がるのではないでしょうか。

プーと大人になった僕_クリストファーロビン

プーと大人になった僕_3匹

からっぽの時間は意味をなさないように見えますが、ときには意味を探さずに気ままに過ごすことで、心に余白が生まれるのだと思います。まっ白なスペースがあれば、新しいものがきっと描けるはずです。

プーと大人になった僕_みんな

プーさんの世界はきっと、作者ミルンの理想の世界であり、息子クリストファー・ロビンへの祈りなのだと思います。また、いつでも彼が100エーカーの森に戻ってこれるようにと願ったのだと思います。

映画はもちろん観て欲しいですが、もし機会があったら原作にも触れてみてください。とぼけたプーと仲間たちに、そして子ども時代のみなさんに出会えるはずです

 

プーと大人になった僕_原画2


「プー、ボクのことを絶対に忘れないと約束して。ぼくが100歳になっても。」
プーは少し考えました。
「その時、ぼくは何歳?」
「99歳。」
プーは頷きました。
「約束するよ。」彼は言いました。

「プー、これから何が起ころうと、分かってくれるね?」
「何を?」
「ううん、なんでもない。」彼は笑って、立ち上がりました。
「よし、行こう!」
「どこへ?」プーは言いました。
「どこへでもさ」クリストファー・ロビンは言いました。

そして彼らは一緒に出かけました。
彼らがどこへ行こうと、途中で何が起ころうと、小さな男の子とプーは森の頂上にある魔法の場所で、いつも遊んでいることでしょう。

(The house at Pooh Corner, Chapter X )

 


			
				
				
							
						
	

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